デジタル責任論入門

ブロックチェーン技術における法的・倫理的責任:スマートコントラクト・DAO等を巡る議論

Tags: ブロックチェーン, 法的責任, 倫理, スマートコントラクト, DAO, サイバー法

はじめに

ブロックチェーン技術は、その分散性、非中央集権性、透明性といった特性により、金融、サプライチェーン、ガバナンスなど様々な分野への応用が進められています。しかし、この新しい技術は、従来の法システムや倫理的フレームワークに新たな課題を提起しており、特に「責任」の所在や範囲に関する議論が活発に行われています。

本稿では、ブロックチェーン技術そのものが持つ法的・倫理的な性質を踏まえつつ、特にスマートコントラクトや分散型自律組織(DAO)といった応用形態に焦点を当て、そこで生じる法的・倫理的な責任の概念や具体的な課題について、国内外の議論や法規制動向を交えながら解説いたします。

ブロックチェーン技術の法的性質と課題

ブロックチェーンは、取引履歴を鎖状につなぎ、分散されたネットワーク参加者によって検証・記録・共有されるデジタル台帳技術です。その主な特性として、以下の点が挙げられます。

これらの特性は、従来の法律が前提としてきた「中央管理者」「特定の法人格」「物理的な所在地」といった概念と齟齬を生じさせる場合があります。例えば、特定のサーバーや組織に紐づかない非中央集権的なシステムにおいて、いかなる法域の法律が適用されるのか、損害発生時に誰が責任を負うのかといった問題が生じます。また、不変性ゆえに、誤ったデータや違法なデータが一度記録されると削除が困難になることも法的な課題となります。

スマートコントラクトにおける法的責任

スマートコントラクトは、「コードによって定義された契約」とも称され、ブロックチェーン上で事前にプログラムされた条件が満たされた際に自動的に実行される自己執行型のコードです。これにより、第三者を介さずに契約の履行が可能となります。しかし、この技術は新たな法的責任の問題を生じさせています。

1. スマートコントラクトの「契約」としての有効性

スマートコントラクトは、従来の法律上の「契約」と同一視できるかという問題があります。契約は、一般的に当事者の合意に基づいて成立し、要素の欠缺や意思表示の瑕疵があれば無効や取消しの対象となります。スマートコントラクトも、コードの実行を通じて当事者の意思を反映する側面がありますが、コード自体の不備(バグ)、意図せぬ実行、外部情報(オラクル)の誤りといった問題が生じ得ます。これらが、従来の契約における錯誤や詐欺といった瑕疵に該当するか、あるいは全く新しい法的評価が必要かどうかが議論されています。

学説では、スマートコントラクトを従来の契約の「履行手段」と捉える見解や、特定の要件を満たせばそれ自体を「契約」とみなす見解など、多様な議論が存在します。

2. バグや脆弱性による損害発生時の責任

スマートコントラクトのコードにバグやセキュリティ上の脆弱性が存在し、それによって利用者に損害が発生した場合、誰が法的責任を負うのかが大きな問題となります。

責任論の適用にあたっては、従来の過失責任原則(注意義務違反と損害発生の因果関係)や、無過失責任原則の適用可能性、さらには新たな責任原則の構築が必要となるかなど、様々な法的検討が求められています。

分散型自律組織(DAO)における法的・倫理的責任

分散型自律組織(DAO)は、特定の管理者や中央機関を持たず、メンバー間の合意形成(通常はガバナンストークンによる投票)に基づいて運営される組織形態です。その意思決定プロセスやルールは、スマートコントラクトとしてブロックチェーン上に実装されることが一般的です。DAOは、その非中央集権的な性質ゆえに、従来の「組織」に関する法概念に収まらない新たな課題を提起しています。

1. DAOの法主体性

DAOが、法人や組合といった既存の法主体として認められるかどうかが、責任論の根幹に関わる問題です。

日本の現状では、DAOの法主体性に関する明確な法規定や最高裁判例はまだありません。個別のDAOの構造や運営実態に応じて、既存の法概念(例えば民法上の組合や権利能力なき社団)を類推適用するなどの解釈が試みられることになります。

2. DAOにおける意思決定と責任

DAOは、ガバナンストークンによる投票など、コードに則った形で意思決定が行われます。この意思決定によって損害が発生した場合、責任は誰に帰属するのでしょうか。

DAOにおける責任論は、その分散性、匿名性、コードによる自律的な実行といった特性が、従来の組織運営における「責任者」「代表者」といった概念を曖昧にすることから、極めて複雑な様相を呈しています。倫理的な観点からも、形式的な投票プロセスを経たとしても、少数の大口ガバナンストークン保持者による実質的な意思決定が多数派の意向を反映しない場合や、特定のグループが不正に利益を得るような意思決定が行われた場合の「公正さ」や「アカウンタビリティ」が問題となります。

倫理的課題

ブロックチェーン技術、特にスマートコントラクトやDAOは、法的課題に加えて様々な倫理的課題も提起しています。

これらの倫理的課題への対応は、法規制だけでは不十分であり、技術開発者の倫理規範、利用者のリテラシー向上、コミュニティによる自主規制など、多層的なアプローチが必要となります。

規制動向と今後の展望

世界各国で、ブロックチェーン技術に関する法規制の検討が進められています。暗号資産に対する証券規制や資金決済法の適用、さらにはスマートコントラクトやDAOの法的地位に関する議論が行われています。

日本では、暗号資産に対する規制が進む一方、スマートコントラクトやDAOに特化した包括的な法規制はまだ整備されていません。個別の事例や問題に対し、既存法の解釈・適用で対応できるか、あるいは新たな法制度が必要か、学界や実務界で議論が重ねられています。

米国では、州レベルでDAOの法的地位を明確化する動きが見られるほか、連邦レベルでも暗号資産やスマートコントラクトに関する規制当局の管轄権や規制の枠組みについて議論が進められています。EUでも、デジタルファイナンス戦略の一環として、分散型技術に関する法的枠組みの検討が進められています。

ブロックチェーン技術は進化を続けており、その応用範囲も広がりを見せています。これに伴い、法的・倫理的な課題もさらに多様化・複雑化していくことが予想されます。今後の研究・議論においては、技術の特性を深く理解しつつ、従来の法概念や倫理観との接点を見出し、社会全体の利益に資する形で技術の健全な発展を促進するための法的・倫理的なフレームワークを構築していくことが重要となります。

まとめ

ブロックチェーン技術は、従来のシステムが抱える課題を克服する可能性を秘めている一方で、法主体性、契約の有効性、責任の所在、アルゴリズムの公平性など、新たな法的・倫理的な課題を多数提起しています。特にスマートコントラクトにおけるバグや脆弱性に関する責任、DAOの法的主体性と意思決定プロセスにおける責任は、今後の法整備や学術研究において重要な論点となります。

これらの課題に対応するためには、技術開発者、利用者、法学者、政策担当者などが連携し、技術の特性を踏まえた新たな法的・倫理的なアプローチを模索していく必要があります。ブロックチェーン技術が社会に浸透していく過程で生じる責任に関する議論は、サイバー空間における法的・倫理的責任の概念を深化させる上で不可欠な要素であるといえます。